人間ってさ、一瞬先は何が起こるかわからないから。」
その言葉が頭の中をグルグル巡る。
ある意味で自分は余計なことを
考えすぎなような気もするし、
かといって、
御気楽なエピキュリストになるのも
気が引けている自分がいた。
ただ、毎日を充実させていくことの大切さ、
みたいなものは共感できる。
現実を直視できなくなるとき、
やはり誰もがどこかに救いを求めたり、
時には逃避をすることもあるだろう。
でも、それだけでは状況は変わらない。
がっつりその現実と対峙しながら、
そこに立ち向かわなければ、
一向に状況は変わらないのだから。・・
「あなただって、次の瞬間、自分の身に何が起こるか、
分からないでしょ?」
と、彼女はまた、意味深な言葉を投げかけると、
また不思議な微笑を私に投げかけた。
自分はその微笑にどのように答えていいかわからず、
ただただ、頷くだけしかできなかった。
・・すっかり時間が過ぎていて、陽は傾き始めていた。
「帰りはどうする?」
ふと私は帰りの時間を気にしはじめた。
壁にはバスの時刻表があった。
あまりバスの本数も無いので、
そろそろ時間を気にしないといけない。
ふと、バスの時刻表のなかに、
意外にも「羽田空港行」という文字をみつけ驚く。
ここは千葉のど真ん中。どう考えても、そのルートが思い浮かばない。
そう、東京湾を横断するアクアラインの存在を思い出すまでは。
私はアクアラインを通ったことがなかったので、
このバスに非常に魅力を感じた。
また千葉市内を通過して、会社の近くを通って帰るよりは、
気分のいい海の中を突っ走ったほうが、気持ちがよいだろう。
そう思って、バスの時刻をみると丁度いい時間。
足早に彼女に別れを告げると、私はバス停へ急いだ。
バスはほどなく来た。
いわゆる空港バスだ。快適そのものである。
バスは木更津に向かうと、
いよいよアクアラインである。
と、そのとき、事件はおこった。
・・私のお腹が、急にゴロゴロと鳴り出したのである。
「そんな馬鹿な・・・」
突然の腹痛に、額からは脂汗が流れた。
時間をみると、まだ空港までは時間がある。
周期的に訪れる痛みの間隔が次第に短くなり、
その終末の時が近いことを知らせていた。
伸びやかな景色をみながら、バスの乗客は
非常にリラックスした表情をしている。
自分ひとりが、なぜ?という気持ちがさらに
腹痛に拍車をかける。
イチゴミルクか?
彼女の不思議な微笑が、また脳裏をよぎる。
私は意を決して席を立つ。
ユックリと、運転手に近づく私を、
乗客が不審と恐怖の目で追いかけるのが見えた。
いや、自分はバスジャックなどする奴じゃないよ・・
「す、すいません、と、トイレは・・」
「我慢できませんか?あと少しなんですけど。」
「だ、だめです...」
と、小声での会話が終わると、運転手さんはマイクで
乗客全員に、大声で語り始めた。
「え〜、お急ぎのところ、申し訳ありませんが〜。
このバスはうみほたるに臨時停車します。
おトイレ、我慢できないかたがいらっしゃいますので〜・・・」
恐怖に慄いた乗客の目が、一瞬、嘲笑の目に変わる
瞬間を、私は目撃した。
・・・サヨナラ、夏の日々。・・・
(了)