2006年01月03日

おでんくん

リリー・フランキーという人の名前は知っていたのだけど、
そして本が本屋に並んでいるのは知っていたのだけど、
今一つ忙しさと心の余裕がなくて、彼のことを知らずに正月を迎えた。

昨日は天気も悪くて、年齢の割に遅ればせながら、
補助なし自転車の練習を少しした以外は、
娘たちと漫然とテレビ三昧。

あ〜、これでは自分と同じように乱視か近視間違いないね、と呟きながら、
正月番組も相変わらず面白くなくて、自ずと地上波からケーブルテレビの番組へ。
あてもなく検索をかけながら
「次何見る?」いう問い掛けに、偶然目に止まった「おでんくん」の文字。

「おでんくんって、何?」と聞くと、
「え〜そんなのも知らないの〜?」とすかさずダブルハモり攻撃。
早速おでんくん鑑賞の時間と相成るわけで。

・・・うーん、深い。・・・

知らない間に子供達がシュールでなんとなく奥深い漫画を観ていたことへの驚き。
そして「おでんくん」を通したこれまたシュールな娘たちとの会話のなかで、
大人との距離が少しずつ近くなっていることを感じずにはいられない。

昔のアニメのように、正義とか悪とか、真っ二つの分かりやすい世界など、
本当のところどこにも実在しないわけで、悪い奴もいい奴も、結局はおでんのなかでごった煮。
すごく狭い世界のなかで、つまらないことを繰り返してるだけなのかもしれない。

・・・なんて。
新年早々、おでんくんには気付かされることが多かったです。はい。
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2006年01月01日

古墳好き

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ぱらぱらと書き溜めてた文を少しずつ公開。

古代建造物の特質は、中心と方位にある、という話を遠い昔に建築史の授業できいたことを思い出す。
人間拠り所を何かに求めるならひたすら内面に求心的なものを作りだすか、
外側に絶対的な、例えば太陽や月などの動きに自分を合わせることにより自身を一体化させる。
ようは拠り所を何処に求めるかという点で、古代は至ってシンプルで力強い。
多分それは時代を経ると、次第に複雑な思想の影響で、
よりナイーブな形態に「進化」するのだろうけど、
結局表現としての強度は古代の遺構に勝つものはないように感じる。
表現手法も稚拙で原始的なものに力強い意志を読み取ることができるのは、
同じ素材の信じられない量の反復・繰り返しであったり、常人の思いを超えた精度の造り込みであったりする。

古墳はそういった意味で興味のつきない対象である。
前方後円墳という形態のもつ意味がまだ明確にされていないという謎解きも残ってる。
感受性に富んだ先人が選んだ遺構の場所は、そこに立つ人を否応なく得も言われぬ感じに包み込む。
細かなことに囚われたら、ふらっとこういった場所を訪れてみる。
小さなワダカマリは、本当にちっぽけな意志に思え、自分をリセットできるかもしれない。
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前川國男建築展

生誕百年の節目ということもあって、昨年末から東京ステーションギャラリーで
前川國男建築展が開催されている。

昨年の旬な建築家が丹下健三だとしたら、今年は前川國男なのだろうか。
自分の学生時代は表層的なポストモダンの最終章。
デコン(脱構築)といわれる、専門外の方に乱暴な説明をすれば、パンクな建築流行りで、
正統なモダニズムの巨匠を参照しながら設計課題をする、ということが少なかった気がする。
勿論こんな乱暴な説明をしていると、デコンからもパンクからも、
違う〜と突っ込まれそうなんでこれ以上の説明は控えよう。
この話題だけでもかなりのネタになるのでこれはまた今度。
まあそんな世代がケツメイシ宣うところのちうねん世代になって、
今ごろになってこんな偉大な先達がいたんだ、
と改めて反省させられる構図を予測することはたやすい。
いや、どちらにせよ建築界をある時期リードした巨匠の回顧が必要な時代に
差し掛かっているのかもしれない。

時代時代の変遷のなかで彼の作品は変遷を遂げて行くのであるが、
特筆すべきはやはり戦後の混乱期に、安価に組み立てられるプレファブ住宅群と、
そこに込められた技術的アプローチ、
そしてそこに込められた思想的豊かさを汲み取ることができることだろう。
そしてそれは、前川の弟子であるはずの丹下の作品からは感じることの出来ない特徴でもある。

久しぶりに密度の高い建築展。
ちなみに正月休み中は休館のようなので要注意。


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2005年12月30日

おいしいラーメン

ちょっと気分を変えて、純粋に食べ物のはなし。

関西の人にとってはメジャーな話かもしれないが、
いつも大阪で定宿にしている心斎橋の辺りに
「おいしいラーメン」、というのがある。
「おいしいラーメン」と自ら命名してしまうところが、
エスカレータでは右に立て、という暗黙ルールと同じくらい、
大阪の外からきた人間ならまず面食らってしまうのだけど、
確信犯に近い店の意気込みに、
つい入口のドアを開けてしまおう、という気にさせられるのだ。

これは一つの挑戦である。
この店の由来など全くわからないのだけど、
店内の大量なサイン色紙をみると、有名人が多く訪れているようで、
ある意味提灯持ち的な宣伝効果は効いているようだ。
そして店員の格好はコックさんコスチューム。一体どういうつもりなのだろう?

昨今のラーメンブームはある意味、新しい料理人のスタイルを生み出した。
麺の茹で方、湯の切り方。
店のBGMはジャズだったり、サムエ風の髭面のおっさんだったり、
結果としてどこかしこも同じような店が乱立し、
まあまあ旨いけど感動に乏しいラーメン屋が増えた気がする。

そんな状況のなかでコック姿というのは、
なんとなくの雰囲気で食べさせている
今のラーメンブームへの痛烈な皮肉とも取れなくない。
いや、冗談なのか、マジなのか、
ブラックなのかわからないところが妙に魅かれるわけで、
これで期待を裏切ったら落ちが付く。
コック姿の料理人によってあくまで上品に作られていくラーメン。
澄んだ醤油系スープに大きなチャーシュー。
してお味の結果は・・秘密です。

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2005年12月29日

モノレール

連休の最終日に「きっずらくのり」で、
一足先に宮崎に帰省する子供たちを、羽田空港まで送り届けたあと、
仕事場に忘れ物を取りにモノレールで都心方向へ。

6ヶ月から飛行機に乗り馴れた娘たちと違って、
自分の飛行機デビューは乗ったのが20代と遅くて、
職業の割に微妙に高いところが好きではないから、
モノレールは極力乗りたくない乗り物の1つだったりする。
それでも仕事などの必要に迫られて少なくとも年に数回は乗るわけで、
ぼっと遠くを眺めながら、
前回モノレールに乗った時のことをおセンチにも回想して気を紛らわすのが常だ。
辺りを見回すと、周りの人たちも顔つきは同じだったりして、
連休の疲れなのか、神妙に外を眺めていたりする。
少しずつ変わっていく東京の姿と自分とを対比させながら、心なしか反省モード。
・・・いや、自分は何も変わってはいない。
微妙な数か月の時間のなかで、着実に娘たちは成長しているのに、
その成長に追いついていけない自分がいる。
新しいマンションが次々建って、
あっという間に様変わりする東京の景色に違和感を感じている自分がいる。

常に動き続けていたはずの自分は、一体どこを徘徊していたのだろう。
車窓からの風景は、相変わらず無愛想な東京の姿。
疾走するモノレールは、中途半端な高さで景色を感じながら、
ただ1本のレールを今日も往復する。

来年は地に足をつけ、ゆっくり歩くことができるだろうか。
posted by drag_on at 11:26| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月21日

年の瀬

気持ちのモードはいまだにロー。
怒濤のように今年も一年が過ぎて行く。
今年は自分にとって大きな転回点がいろいろあって、
心休める瞬間がほとんどなかったような気がする。
一年を振り替える暇もなく、
身勝手に自分の思うまま走り続けてきたことのリターンは、良いことばかりではない。
いや、前向きに考えれば悪いことばかりではない、というべきだろうか。

そう、最後はプラマイゼロ。
良かったと思うか、悪かったと思うかは、
その時の自分の心の持ちようなのかもしれない。

来年こそは、という言葉はあまり自分としては言いたくないけど、
無自覚のままだらだらと年を越すようなことは、止めよう。

少なくとも、今年の一年のリアルな生活のなかで、
自分の弱さを他人に押しつけ、
他人を傷つけることで満足する「微熱な人」が
あまりに多いことに辟易としたのと同時に、
冷静に考えるならば、皮肉にもその最たる人間が自分自身であることに気付いた、
というのが一番の収穫だったのかもしれない。

もちろん良い出会いもあった。
ネットを通じて知り合った大切な友人、旅先で久しぶりに会った友人。
新しい仕事仲間と舎弟壱号。
大阪や九州でお世話になった方々。
そしてネットだけのお付き合いにも関わらず、
お会いする以上に親しくしている方々。

いろいろな仲間に支えられて、
今の自分があることを素直に感謝しているのだけど、
今の状態ではなかなかその気持ちを伝えることができず、
多分リアルで会ってもツレナイ奴だと思われるかもしれない。
来年は本当に心機一転、となることを願いつつ。


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2005年11月30日

ユビキタス

例によって相変わらずイマイチ冴えない日々。
冴えないのは元を手繰れば、
自分の心から発生しているので、
気分転換と気持ちの入れ替えは不可欠だと思う。

そんな状況のおり、携帯の電池の消耗が危機的に激しくなった。
いやはや、またこれで一つの区切りがやってきた。
一年半使い続けたインフォバー(アンニン)に別れを告げる時が来たのだ。
今まで何度も変えた携帯のなかで、
インフォバーは秀逸だった。
決して多機能ではないし、ボタンの特性から、
水濡れにちょっと弱かったりするけど、
デザインは間違いなく飛び抜けていたし、
それを実現するための目に見えない技術も凄かった。

折しも某SNSに入ったのもその頃で、
いつしか朝の通勤時間につたないブログの文章をインフォバーで書くようになった。
こちらのサイトもほとんどが携帯からの投稿。
時に携帯からコメントをいれたりもしていた。
朝の目覚ましも、スケジュール管理も、すべて携帯任せ。
あまりに肌身離さず持っているので、
寝てる時にも首からぶら下げてるのでは、とか、
いろいろ周りで憶測が飛び交っていたから、それはそれでインパクトがあったのだろう。

今度の携帯は機能も格段に進化しているし、ストレスなくネットも使える。
でも携帯を変えた途端、微妙に不便を感じてしまうのはなぜだろう。
それはちょっとした使い勝手の違いであったり、デザインの好き嫌いであったり、
きっと些細なことに違いないのだけど、
少なくとも自分にとっては眼鏡と同じくらい、
生活に密着したインターフェイスになりつつあるのは確かなようだ。
ライフスタイルと合致した携帯端末のありようは、もっと多様であるべきだし、
単なる技術論からトータルなデザインへ昇華すべき事柄だと思う。
次に携帯を変える時は、インフォバーを超えた素晴らしい作品に出会いたい。
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2005年11月20日

あってはならないこと

確認申請の構造計算書の偽造事件は、
設計屋としては黙っていられない問題である。
マスコミやネットでの大方の論調は某の建築士に対する呆れと、
震度5強程度で倒壊するというセンセーショナルな話題でもちきりだ。
このままでは設計業界全体の信頼をゆるがすものに間違いない。

しかしこの事件は一方で、
大阪の列車事故と同じ問題をかかえているようにも思える。
サービスの吐き違い。積み重ねられていく嘘と無理な要求。
全ては顧客満足のためといいながら、結果的には顧客無視。
システム全体の歪みは、一番下流の弱い部分で破裂し、大惨事を起こす。
原因者である彼を弁護するつもりもないが、
一方で、一体誰が一連の「嘘」で特をし、
誰が損をしたかを冷静に考えるべきとも思う。
責められるべきは彼だけではないし、
建築設計システムの問題と捉える必要がある。

たとえば設計から確認申請までの
日本的な契約形態がもたらす、
リスクの分担の取り決めのあいまいさ。
確認申請書類に記載されているはずの、
印鑑を押した設計者が全ての図面に責任をもち、
法律上責任のある立場にある。

例の建築士が直接設計者として関わったのは数件。
他は全て他の建築士事務所からの下請けである。
にも関わらず、責任者の元請けの彼らが、
国交省から告発を受けたというニュースの扱いは、
予想通り、非常に簡素なものだった。
ニュースとして「絵」になるかならないか、という判断が、
たった一人の生け贄で満足し、
社会の本当の歪みにメスを入れられないのだとしたら、
今回の事件はただの茶番劇に終わる。

一方、建築確認業務をお役所仕事から、
民間機関へ開放したことによる問題を指摘する動きもある。
しかしそれは論点がズレる。
審査する人間の多くは、かつてお役所で
審査業務をしていた人たちだし、
かなり意地悪で勝手な憶測をいってしまうと、
民間になったからこそ、
今回のような問題が公表されたのだと邪推したくもなる。

寧ろ劇的に確認審査期間が規定通り短くなったことの功罪。
毎日お役所へ行き、
「確認申請書類を見ていただけましたか?」
とお伺いをたてていた頃が懐かしい。
今では法律を守った図面であれば間違いなく期限内におりる。
しかし皮肉なことに設計期間の不確定要素がなくなった分、
設計者は設計期間をさらに短縮させられるようになった。

工期短縮への無理な要求。そしてコストカット。
バブル以降の建設業界は常に綱渡りの状況で、
早い、安い、(結果として)不味いという状況が
ますますエスカレートしていると感じる。
決してユーザーはこの状況を望んでいるわけではない筈なのに、
方や確かに早く、安い買い物はしたい、
という要求は誰もが抱くはずである。
一分でも早い電車に乗りたいのと同じように。
不幸にも「欠陥」マンションを購入してしまった
人達だけの「対岸の火事」ではなく、
今回の教訓から学ぶことがあるとすれば、
サービスを提供する側、受ける側双方が、
早い、安いといった上辺の話だけでなく、
本当に求められるべき価値感は何か、
ということを再考し、
歪みのある建築設計システム全体を正す
必要があるのではないだろうか。

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2005年11月16日

建物竣工

立て続けに今まで設計に関わっていた建物が2件竣工した。
1つは関東某所で、もう1つは沖縄某所。
どちらも昨年の自分の設計作業の結果が
1年遅れでやってきた、という感じ。
この微妙なタイムラグがこの仕事の醍醐味でもあるのだけど、
やはり正直なところ、あーすればよかった、と反省するところが多かったりもする。

特に沖縄の建物は今まで経験した中で一番小粒で、
一番中身の濃い仕事であったように感じる。
機能重視、遊びのない堅実さと、頻繁に襲ってくる台風にも耐えうる耐久性。
複雑な設備の取り廻しと制御は未だかつて経験したことのないものだった。
そしてそのスペックに相反する限られた予算。
そんなシビアな設計の中で、自分としてはどうしてもやりたいことがあって、
それは何はともあれ、シーサーを奉りたい、ということだった。
長い設計の打ち合わせの中で、ぽろっと口を滑らせた言葉に、
沖縄のお施主さんはニコニコしながら応えてくれた。
そして今、建物の規模と不釣り合いなほど立派なシーサーが建物に鎮座している。
あまりに目立つので写真が公表できないのが残念だが、
沖縄のとある場所でこれからずっと建物を守ってくれることだろう。
予算のない中で、シーサーを奉る方法というのは、
普段机上でクサクサしている頭では、
どうやってシーサーの見積をするのか、という時点でフリーズ。
つまらん話が気になって、到底考えつかないことだったし、
それは自分にとって沖縄という場所で仕事をいただいて最大の収穫だった、
といっても過言ではないだろう。
沖縄のおおらかさと懐の深さを、直に感じることができた瞬間であった。

え?どうやってつけたか?
それは秘密。
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2005年11月05日

シャングリ・ラ



ここ数週間のへろへろな状況の中で、頭を空っぽにして一気に読了した。
文体から感じられるスピード感が長編を感じさせず、
それでいて、構成が破綻しない程度にはじけ飛ぶ物語だった。
筆者が自らのフィールドである沖縄から離れ、東京とがっつり対峙した時に、
「新大久保」という特異な場所が出てくるのは面白かった。
多分筆者と同じ年代を東京の同じような場所で過ごしたであろう、
そんな共感が読み進める前提にあったのかもしれない。
近未来の物語設定であるのにも関わらず、
90年代のある種の空気がひしひしと伝わってくる。
読み進めれば進めるほど、白昼夢にも似た感覚を覚えるのも、
きっと共通のインプットがあったからなのだろう。

本当は、作者は沖縄の作品から考えると、
もう少しテーマを深耕化させたかったのだろうと感じられるほど、
ある部分については触れたい、けど触れていないような
微妙なバランスの中で物語が成立している。
いや、これはエンターテイメントなのだ。
あまり深く考えずにさらりと読める久々のヒット作だと思う。

最近、リアルに新大久保界隈を何度か徘徊した。
学生時代以来10年以上になるだろうか。
大久保通り、職安通りを歩いて感じた違和感。
90年代に感じていた猥雑さとはまた違った秩序が、
街を支配し始めているような気がして、少しばかり眩暈を感じたりもする。
この不思議な感覚は一体なんだろう。
シャングリ・ラ伝説に記された桃源郷。
ひょっとしたら、新大久保こそが、
東京の聖地になりうる土壌を持っているのかもしれない。
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2005年10月31日

引っ越し最終日

image/drag-on-2005-10-31T00:43:59-1.jpgなんとか収束しました。
引き渡し日が先方都合で一日延びたのが幸いです。
写真は今までの仕事?部屋。
奥のつくり付けの本棚は奥行が600以上あって、
中途半端に奥深く、微妙にゴミ置き場となってました。
なんだかガランドウとなってしまった部屋を見るにつけ、
ここでの生活がとても空虚だったような気がして辛かったり。
家にいるようで、ほとんど家にいなかったから、
よけいにそう思うのかもしれません。
場を変えて、やっと新たなスタートです。


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2005年10月24日

トイカメラ

image/drag-on-2005-10-24T09:02:43-1.jpg旧家の掃除がはかどらず、
しばらく放置していたプラモデルのカメラを見つけ組立ててみた。
パーツの量もそこそこ少なく、
自分のようなプラモデル初心者にも簡単に組立可能だったけど、
ストラップと巻き上げのレバーがうまく付かなかった。
最後のネジの締め付け具合によって、シャッタースピードも変わるようで、
これは単に自分の組立精度が悪いのか、カメラの仕様なのかが未だ判らず。(笑)
まあどんな写真ができるか楽しみである。

娘たちにおもちゃとして与えた、
カシオの初代デジカメQV-10も、
そこそこいい味出しているのだけど、
娘たちは彼女たちなりの判断で、
つまらなかったら「消す」ことを覚えてしまった。
自分もまた同じで、
シャッターを押すことにより、
事象を切り取る「緊張感」が希薄になりつつある。
人生は可逆的ではないし、営みそのものを消去できるものではない。
そのことを、少なくとも娘たちには伝えたい。
これからこのトイカメラが彼女たちのおもちゃになることを祈りつつ。


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2005年10月22日

北京ダックの夜

久しぶりに食欲中枢が全開モード。
一昨日北京ダックが無性に食いたくなって、
埼玉方面での生産性のない、長い打合せが終わると同時に、
舎弟1号を引き連れ全聚徳へ。
コースの一番安いメニューでも、十分ダックを堪能可能。
特に最初に砂糖をつけて食べる一番柔らかい部分は最高です。
昨年春に北京の本店
会社の上司と食して以来の北京ダック。
上海人の悪友に言わせれば、上海の北京ダックのほうが旨い、などというけど、
やっぱり本場の味はここしかありません。激ウマ〜です。




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2005年10月18日

引っ越し・その後

前の家の片づけが終わりませぬ。
会社都合の転勤とは違い、引っ越し代が出るわけでもなく、
また、引っ越し先が近いこともあり、安い引っ越しパックを選択したのが災いか・・。
結局どうでもいいものと大切なものが昔の家に残ったまま。

家というのは偉大なる人生のゴミ箱なのか。
ごく僅かの宝物と、ほとんどのゴミ。
いつも僕はゴミに埋もれた生活をしていて、掛け替えのない宝物を見失っていたのだろう。
つまらないことに拘る生活はやめよう。
自分には、いや、誰もがそうなのだけど、
後ろというのは無くて、前しかないのだから。

月末の引き渡しまであと少し。
来月には落ち着くことを願いつつ。


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2005年10月03日

引っ越し1週間前

銀行で決済をしてから今までは激動の毎日。
ごく私的なことが大嵐となって押し寄せた感じ。
事実は小説より独創的で、深みがあって、時に残酷でもある。

なんて。それはさておき。
建物の引き渡しを受けてから、引っ越しまでは1ヶ月の時間をおいた。

今までの引っ越し経験の中で新築はもちろん初めてだし、
寧ろやや古く、こなれた住居を好んで選んでいた。
その最大の理由は建材から発散される化学物質。
さすがに最近の法改正で、ホルムアルデヒド等の規制はされるようになったが、
竣工したばかりの物件に入ったときの、
目がチカチカする感じはあまり変わらない気がする。
そんな素人的直感とは別に、建築設計屋の職務として、
お客様にきちんといつもお伝えしていることが3点ある。
一つは揮発性物質の制限はスタートにたったばかりで、
身体に影響を与えるかもしれない未知の物質まで法の網がかけられていないこと。
そして冷蔵庫の冷媒が温暖化の一因とされるフロンから、
引火性の高い冷媒に切り替わったように、
利便性、快適性と引き替える代償は、
どう転んでもあまり大差がないということ。
最後に、自衛策としては1にも2にも、換気しかないことである。
機械による24時間換気はもちろん、窓をこまめにあけて風通しをよくし、
濃度を下げることが、精一杯の抵抗だということである。
いろいろな揮発性物質を吸着する建材も開発されてはいるが、
まだ評価する為の時間がかかりそうだ。

そして我が家も一夏を越え、かなり建材の臭気も下がってきた。
問題は新規に購入する家具類。
引っ越し後に搬入するので、家具から出る揮発性物質はある程度避けられない。
狭い家の中で家具は比較的大きな場所をとるので、
素材の選び方は注意が必要な「落とし穴」かもしれない。

そして引っ越しはいよいよ、今週末。
場を変えて、流れを変えよう。


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2005年09月15日

新居の決済・引渡し

思えば6月13日のログ「徒然」以来、
この3ヶ月の間、密かに進行していた色々な葛藤も今日で一つの区切り。
ケツメの「三十路ボンバイエ」が頭のなかで大合唱。

設計屋の端くれ子連れ夫婦が、建売の「ショートケーキハウス」に住む。
事前確認の際に新居の天井裏を覗きあって仰天した2人。
でも今の物件がこの3ヶ月の中で一番まともだった。

じゃ、自分たちで設計すりゃいいじゃん、という声の裏で、
東京という場所の中で身の丈に合う家を作ることの難しさ。
色々な想いを胸に、とりあえず、これから銀行で決済。
posted by drag_on at 10:03| 東京 ☁| Comment(8) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月11日

旅の報告#END 五色台〜九州へ

四国の最後は牟礼町、庵治町に行くか、
はたまた五色台に行くか迷いがあった。
前者は庵治石で有名な場所であり、
イサムノグチ庭園美術館
その大きな理由であったが、
残念ながら準備不足で見学予約をする暇がなく、
次の機会に譲り、五色台に決定。

五色台といえば、瀬戸内海歴史民俗資料館。
当時香川県建築課課長であった山本忠司氏の作品。
多分、今回四国で見てきた建物のなかで一押しだった。

30余年を経た今も、その良さは変わることなく佇んでいる。
現場で出た石を外壁に用い、一見おおらかな造形と思いきや、
非常にエッジの効いた石積みがコンクリートの造形と相まって
程良い緊張感を生み出している。

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そして五色台という場所のもつ素晴らしさ。
しばし漠然と瀬戸内海を眺めるだけでも心地よい。

その日の夜、九州に入り、お世話になった方々へ、
福岡で「東京で新居を購入する」という報告会。
それは言葉を裏返せば、
自分の意思では九州に戻らないという、
辛い態度表明でもあった。

・・美味しい酒と肴を前に、その日は久々に朝まで飲んだ。

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2005年09月04日

旅の報告#5 高松

いよいよ高松へ到着。本来の主目的はどちらかといえば
四国村であったのだが。・・
勿論四国村も行ったし、写真も沢山撮ったのだが、
まだ自分の中で消化し切れていない感がある。
一ついえることは、莫大な民家建築のストックと石のストックに
やられっぱなしで、高松という場所の力を感じずにはいられなかった。

高松といえば、もう一つ建築界の巨匠といわれる人の作品が沢山ある。
最近こちらの雑誌で紹介されたこともあり、
微熱な建築少年が集まっていそうで、行くのはとっても気が引けてしまう。
いや、そもそもこの人のメディアでの扱われ方ほど、右往左往した人はいないだろう。
彼が関わった70年の万博の評価もしかり。
私が学生の頃に様々なメディアから吸収した情報では、
決してその評価はポジティブなものではなかった。
結果として彼は日本の仕事から海外プロジェクトへシフトして行き、
10数年のブランクを経て日本に戻ってくる。
時代の変遷とともに、人の評価が変わるのは世の常なのかもしれない。

それにしても、万博以前の60年代の爛熟期の作品は、確かにパワーがある。
投宿したホテルから窓の外を眺めると、いきなりこの光景。
これは見に行かなければいけないのかもしれない、と思わせた1枚。
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ということで、時間があったので、こちらもついで参り。
旧棟のプロポーションの素晴らしさは、
バルコニーを支える梁幅の狭い小梁と低い階高設定により実現されている。
その反面、同じ設計者による新棟は、構造条件の違いや、
要求されるオフィス機能を満足させるために、
旧棟とは当然プロポーションも、何もかもが違う設定となっている。
これはある意味仕方のないこと。問題は、その取り合い部分をどう収めるか。

IMGP2355.jpg IMGP2356.jpg IMGP2358.jpg

IMGP2360.jpg ちょっと意地悪なショット。でも自分的には許せない。

IMGP2354.jpg 蛇足。旧棟のお茶目なところ。
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2005年09月03日

旅の報告#4 坂出〜高松

その昔、建築を学び初めた頃に、アウトサイダー的な建築に憧れたことがある。
いわゆる「正規の」建築教育を受けず自分の感性に従い、長い年月をかけて
セルフビルドにより建物を作り上げる人たちがいて、それらの人たちが作り上げた
濃密な空間はただならぬ気配を廻りに発し続ける。

一例を挙げれば、アメリカのロスにある、
サイモン・ロディアによるワッツタワーであったり、
フランスの南部にある郵便局員シュバルの理想宮であったり。

そういったアウトサイダー建築は日本にもあるようで、いちおう、ここも参照。

そして偶然、旅先で出会ったアウトサイダー建築。

IMGP2295.jpgあまりの衝撃にちょっとぼかしいれました。


IMGP2298.jpg象さんがいます。
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2005年09月01日

旅の報告#3 坂出〜高松

大阪を後にした私は一路瀬戸内海を渡り坂出へ。
建築探訪の旅も最近めっきりしなくなったが、
ちょっとだけこっそり観に行きたい建物が坂出にあって、
ついでに某著名建築家達の古き良き建築を観に高松まで足をのばし、
その合間にうどんを食そうという企画。

坂出の最初のお目当ての建築はここ。
ほどよい大きさと心地よい密度感にしばし旅の疲れも癒えます。

IMGP2267.jpg瀬戸内海に面した絶好のロケーション。

IMGP2269.jpg壁と庇による構成。

IMGP2274.jpg多分一番悩ましい詳細。

IMGP2275.jpgその拡大。いろいろなツクリテの葛藤が目に浮かびます。
posted by drag_on at 23:32| 東京 🌁| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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