2005年08月31日

旅の報告#2 伊勢〜大阪

伊勢から大阪へ。
大阪ではなんばで某SNSのお深い(?)、いや、オフ会に。
自分には似つかわしくない美味しいフランス料理でまったりとした話題。
お盆明けで忙しい月曜日、集まっていただいた皆さん、本当に有難うございました。
日本を頻繁に移動する人になりつつあるので、
今回お会いできなかった方、すれ違いだった方もまた機会を改めて!

夜は某超高級「ビジネス」ホテルに宿泊。
バスタブのサインがイカシテマス。
つうか、温度計、ついてないんですけど。

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2005年08月30日

旅の報告#1 伊勢

旅の初日は伊勢である。

なぜか自分の中で、伊勢が熱い。
何が熱いかというと、次回の式年遷宮に向けて、
山口祭・木本祭が今年の5月2日に執り行われ、
平成25年10月までの長い遷宮行事がスタートしたからである。
あと8年。自分はどうなっているのだろう?

自分の中ではより私的な伊勢との繋がりを「発見」した、ということもある。
自分のルーツ探しと、漠然とした多方面への興味が一つの糸で繋がリ始めたとき、
眩暈とともに少し身震いがした。その話はいずれ別の形でまとめてみたい。

何はともあれ、今回はお伊勢さんの内宮、外宮にお参りすることと、
もう一つはおかげ横丁を観にいくことが大きな目的だった。

おかげ横丁については、もはや私が語る必要もない位有名な場所ではあるが、
実際行ってみての感想は、非常に好感の持てる場所だった。
ここに近い雰囲気、そして同じく「和菓子」の会社が仕掛けている場所といえば、
長野の小布施堂があるが、
おかげ横丁のほうが、「求心力」と「外へ向かうまちづくりの力」が、
よりバランスしていると個人的には感じることができた。
やはりお伊勢さんの力は偉大である。

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2005年08月22日

インフォーマル / セシル・バルモンド 山形浩生訳

旅行のお供。久々の「建築」本。

どうも自分の中には時流の流れ、
というのにアレルギーがあるようで、
なおかつ上っ面の言葉が乱舞し、
結局のところ俺様エライ的・私小説的建築本が多い中で、
久々にきちんと時間をかけて読みたいと思った本。
構造家の役割というのが
クローズアップされているのはまあ、
時代の流れであるけど、
きちんと平易な言葉で語る、
という姿勢が共感できる最大の理由かもしれない。

僕らはしばしば洋物の建築家の原書と
邦訳本の言葉の差異に驚かされることがある。
それらの多くは想像するに、
殆どが日本の著名な大学の建築学科を
出た奴の監修であったり、
時にそういう奴ら自身が訳をしていたりするから、
簡単な言葉を難しくしてしまうのだ。
そしてこれが最新のムーブメントだぜ!と
旧時代的思考から抜け出れない感じで
洋物のタレント建築家を紹介してしまうから、
いかんのだ。

今回の本の翻訳は山形浩生氏。文句無くいい。
あまり建築関係と関わりがないように感じられるが、
実はベルナール・チュミの「建築と断絶」なども訳している。
その本の彼のあとがきは痛快で、
思わず手をたたきたくなる内容なのだが、
ぶっちゃけな話、そういった批判を許さない
腐った日本のアカデミズムが
最近解体されつつあるのかな、とも思う。

そして今回の本のタイトルは「インフォーマル」。
ちょっと笑えます。

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夏休みの予定

とりあえず予定です。

22日 東京〜名古屋〜伊勢〜大阪泊
23日 大阪〜福山〜高松泊
24日 高松〜福山〜福岡(福間)泊
25日 福岡〜都城泊
26日 都城〜国分(上野原縄文の森)〜鹿児島(天文館)泊
27日 鹿児島〜都城泊
28日 都城〜宮崎空港〜羽田空港〜帰宅

台風が心配ですが。
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2005年08月19日

夏休み

今年もこの季節がやってきました。
ちょっと遅れての夏休み。
来週から1週間かけて、西へ向かいます。
去年と同じコース、
といえば分かる方にはわかる、と思います。
去年は某所のSNSもどき(!)で
リアルタイムな旅の報告を携帯から投稿していましたが、
今年は静かに、ひっそりと旅をしようと思います。
これから会う皆様、一つ宜しくお願い致します。

去年とちょっと違うことがあるとすれば、名古屋に立ち寄り、
伊勢を巡って伊勢和紙館を見に行く予定にしています。
お目当てはここ。
自分の過去と未来を探しに行こうと思います。
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2005年08月09日

空白の1ヶ月とシャッフル

タンタンメンの話題に1ヶ月(笑)。
この空白の1ヶ月は仕事は一段落して落ち着いたものの、
仕事以外が激動の日々。メチャメチャ飲んだ。
新しい人と知り合いになった。旧友と10年ぶりに再会した。
そして、沢山の人の「あした」に接することができた。

自分も「あした」に向かって1歩を踏み出そうとしている。
何かが変わるわけではないかもしれないけど。

でも、ログをサボってしまった本当の原因は、
これを買って、携帯をいじることを辞めてしまったからかもしれない。
通勤の携帯による貴重なログ書きの時間は、音楽を聴く時間に変わってしまった。
でも、使い勝手、操作性、お買い得感。どれをとっても申し分なし。
お勧めです。


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2005年08月07日

コンサバ中華でタンタン麺を(後編)

「ああ、ギョウザとショウロンポーは今日ないんだよねぇ。」

と無常に断られてしまった私達は、一瞬の驚きの後に諦めが走った。

ある種の「こだわり」が、
予定調和の期間を超えて貫き通されたときに表出する、
傲慢さと滑稽さの入り混じった不思議な態度に、
優柔不断で弱気な私のような客は一瞬にして、
「すみません」と侘びを入れてしまいそうだ。

私達は普段便利な生活に慣れ親しんでしまっていて、
不自由さに耐性を失いつつある。
それはレストランの「客」としての視点からもそうだし、
一方で仕事で出会うお客様達に対しても
不自由さを感じさせない「便利屋さん」で
接してしまっている自分がいたりする。

こだわりを捨てているわけではないのに、
その部分を犠牲にしてまで「客の心地よさ」を
売り物にしているのが今の店のありようだとすれば、
きっとこの中華料理屋はコンサバなのだ。

タンタン麺はうまかった。
噂どおりの味だし、お勧めの味だったりする。
(後でメニューにない濃厚なタンタン麺バージョンも秀逸だった)

しかしそれ以前に、この店の「こだわり」みたいなものと
自信のありようはいったい何処からくるのだろう、ということと、
折りしも仕事が一段落して、
さて、本当のサービスとはナンだろう、
と考えさせられる日々が続いていたりもする。

時代はやはりコンサバなのだろうか。
posted by drag_on at 21:42| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月19日

コンサバ中華でタンタン麺を(中編)

究極に旨い(といわれた)タンタン麺を求め、
ビルの地下1階に直行した私は、
その店の前に立った瞬間、一抹の何かを覚えた。
それは何か期待感とは裏腹に直感的な危うさを醸し出すものだったからだ。
古ぼけたショーケースの中には埃を被った各種料理のサンプルが網羅的に陳列してある。
博物館的志向の危うさともいうべき豊富なメニューの中、
タンタン麺サンプルの横に記された申し訳程度の手書きの「当店人気NO1」の文字。
うーむ、これがブログを賑わす噂のタンタン麺なのか。
そして中からは昭和を引きずったいささか草臥れた内装が顔を覗かせている。
油で薄汚れた中華料理屋は旨い、という定説はここでも通用するのだろうか。

かなり不安だ。
しかしスタッフみんなを引きずり込んだ手前、
ここで「辞めた」は厳しいものがあって、
もはや逃げが効かなくなっている。

・・いくしかない

中に入ると蝶ネクタイできめた店員サン達が我々を迎えてくれた。
いやしかし、この店員サン達もまた、どことなく昭和臭がする。
ドリフの髭ダンスを彷彿とさせるその風貌は、
かつて彼らがイケメンであった頃から変わっていないようであり、
私のように首周りの太くなった人の蝶ネクタイはムサ苦しさ炸裂な訳である。
我々は半ば食欲という脳の中の働きが急速に減退していくのとは裏腹に、
胃袋が悲鳴をあげるのが聞こえてきた。
我慢できずに私たちはとりあえずビールとツマミを注文する。
しかし店員は意味不明の無情な微笑みを私たちに投げかけながら、こう答えた。
「ああ、ギョウザとショウロンポーは今日ないんだよねぇ。」

・・メイヨウかよ。ケッ。

(つづく)

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2005年07月05日

コンサバ中華でタンタン麺を(前編)

最近ストレス発散のベクトルが「食い気」に走っている。(笑)
体重はといえば人生史上、
未だかつて到達したことのない領域に
足を踏み込んでしまっているし、
何となく加速度的に膨張し続ける身体に
恐怖を感じつつも食い気に走る。
これは仕事仲間で唯一共有可能なことだったりするから、
と自分で勝手に解釈を与えつつ、
ネタ拾いに精進している毎日である。

世の中は今タンタン麺が流行っているのだろうか。
あまり時代の仕掛けにのらないようにと思いつつも、
流行りのピークにはいつも、
沢山のだめな店に混じって、旬で秀逸な店が現れるはずだから、
時流に乗ることも大切なのだ。
きっかけは最近ラジオ番組でタンタン麺の紹介が流れたこと、
平日の夜中にもタンタン麺を食らう
タンタン狂の若いスタッフがいること、
そしてタンタン麺のうまい店情報をSNS仲間から得たこと、である。
本来なら先に電撃ランチオフをSNS仲間うちで企画するはずだったのだが、
先走る食欲に打ち勝つことができず、
タンタン麺ごときにその日の仕事を
スタッフ全員途中で打ち切るという暴挙まで行い食事を敢行。

これは事件だ。

クダンのタンタン麺屋というか、ちゃんとした中華料理なのだが、
場所はといえばこれまた皇居のサイドのちゃんとしたビルにある。
築40年ほどたったそのビルは、
建築を学んだ人間だったら1度は聞いたことのある有名なビル。
日本のモダニズム建築の一つとして掲げても良いくらい、
ディティールの精巧な作りは何度きても感動ものである。
こういったビルで働いている人は幸せだよな〜、
と特定の人物を頭に思い描きつつ、
国語がいつも赤点ギリだった高校時代の成績からは、
やはり文系の会社は無理だったと妙に納得させてしまう。
いや、とにかくここのビルに足を踏み込むこと自体が、
なんともいえぬ緊張感を生むのである。

(つづく)
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2005年06月30日

六本木ヒルズ

仕事もようやく峠を越えた。
久しぶりに休みだった週末は、
遅ればせながら初めての「六本木ヒルズ観光」だった。
一つの目玉は「都市の模型展」。
アメリカ、上海、東京のセームスケールの模型比較は、
直感的でわかりやすく、非常に対照的な都市のありようを示している。
様々な相の比較のなかから、
優劣ではない個々の都市の魅力を語る切り口のありようが、
展示に関わった人達の巧さを示している一方で、
単純な優劣の問題としか捉えられない壁の「寄せ書き」は、
分かりやすさ故に、後味の悪さを引きずるものであった。
ま、具体的な都市論はさておき、
トニカク東京はメリハリなく、
境界がはっきりしないまま膨張してきた訳で、
人口減少に伴う都心回帰もきっとメリハリなく行われるのだろうと直感した。
その時になっても尚、「TOKYO,NO1」と言い続けられるかどうかは、
今後のやり方に関わっているし、
そこにこそ注力をしてほしいんだよな、
とコッソリ思っていたりもする。

もう一つのお目当ては南翔饅頭店の小籠包。
十年前に食した上海の豫園にある本店の味が忘れることができず、
日本のスタイルに迎合しないレアな味付と、
独特の豚肉のうま味は健在だった。

薄皮の中にあふれるスープを堪能しながら、
当時を想い、頭の中は十年前に聞いていた曲がリフレインする。

何一つ、昔から進歩してない自分がいた。
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2005年06月22日

一期一会

少し前の話になるが、仕事で終電を逃し、
何故かチームの若い後輩と深夜の神楽坂で
焼肉を食べるという暴挙に出たことがある。

そう、別ブログでその店の紹介をしていた頃だ。
そこの焼肉屋は兎に角美味しいことで有名なのだが、
さすがに午前3時を過ぎて焼肉を食す、というのは
珍しいようで、客は我々だけだった。

が、そのとき突然、深夜の新しいお客が訪れた。
彼は端的に美味しい肉を注文し、ごくごく当たり前の食事をし、
そしてマスターと世間話を始める。
私は目の前にある肉よりも彼の人となりが気になり、
ぐいぐい引き寄せられる魅力を放つ彼の話術に聞きほれていた。

最後は彼の若者論となり、私達も会話の輪に入ることになった。
彼の的確な指摘は、半分は耳に痛い話であり、半分は共感できる話であった。
しかしその柔和な中にも不思議な目力のある顔立ちは、
きっとどこかで見たであろう何か、
そう、何か心のなかに引っかかるものがあったのだ。

最後に名刺を交換させていただいて、深夜の神楽坂を後にした私達は、
その後仕事に忙殺されて今に至る。

・・・その方が誰であったのか、気が付くのがあまりに遅すぎた。

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2005年06月13日

徒然

徹夜明けで始まった先先週からの2週間は自分にとってなかなかてんこ盛りの2週間だった。
3月末で後半戦に突入するはずの仕事は5月末に延び、
最後の山を越えた、はずなのにまだロスタイムが続く。(笑)
いい加減後半戦も終わりそうな勢い。

一方某SNS(というと妙に他人行儀?)の仲間と、
「大人の飲み会」に渋谷・桜ヶ丘へ参加したり、
祖母が亡くなって1年を経たタイミングで、
先祖が伊勢にいたことがわかったり。
一方家探しに久しぶりに不動産屋を訪問したり、
実家に1週間子供を預けて二人で神楽坂でサシノミしたり。
はたまた仕事の徹夜あけに築地の寿司屋にいったり。
とても有意義な2週間のなかで、
将来的ビジョンもなく、ただ突っ走っていた今までの生活から少し軌道修正して、
ある意味真っ当な?ライフスタイルを確立していく必要を感じ始めた。
それは決してマイホーム幻想にハマッテイル訳ではないのだけれど、
来年小学生になる子供達にとって今の仮住まいは余りに狭くなってきているし、
住環境が子供に与える影響が甚大であることは自分が身を持って経験したことでもあった。
かとて昨年から仕掛けている福岡移住計画は未だに具体的にならず、
高コストな場所で新陳代謝の激しい生活をやはり続けるしかないのか、
という諦めもあったりする。
いずれにしてもあと半年で、次の1歩を決めなければ。

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2005年06月05日

サーカス

徹夜明けの朝に家族でサーカスを観にいった。
眠く痺れた頭には些か刺激が強すぎたにせよ、
ライブのサプライズは十分に堪能できた。
いろいろな舞台の形のバリエーションがあるなかで、
直径13mのサークルは今まで経験したなかでもっとも非日常を表現した空間だった。
舞台装置群を操る団員の動き、そして展開の早さ。
全てが衆目に晒されるなかで、裏方の動き全てが程良く演出されている。
一つの円を中心に繰り広げられる演目と相まって、スピード感が素晴らしかった。
そして何よりも、それらが仮設のテントの中で行われていることが、
とても好奇心を刺激するのだ。

仮設テントの演劇を最後に観たのは学生の頃だ。
新宿の花園神社境内。
テントの中で体育座りになり、スシヅメ状態の中で観た某劇は、
内部に隠るエネルギーを極限まで高め、
最後のクライマックスでテントを引き裂き解放する。
仮設テントといえど、内外の境界意識は厳格にあって、
一旦演目が始まるとテントの中にいることを忘れてしまうのだけど、
最後にその仮設性を暴くことにより虚と実がクロストークする。

一方、サーカスのテントや舞台装置はあくまで仮設である。
この場合、内外の関係は希薄で、
サークルの中の「ミラクル」により、
観衆の意識の中の虚と実がクロストークする。
目の前で起こっているリアルなことが、意識のなかでは虚像として映る不思議。
仮想現実の反対で、現実仮想?ともいうべき状態は正直久しぶりの体験だった。

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2005年05月25日

神楽坂

最近神楽坂で飲む機会が増えた。
地の利もあって、坂下から坂の途中の路地裏関係はまあそこそこ、
頭の中で路の位置関係を把握できるようになった。
が、さすがに坂の上までくると頭の中の記憶は曖昧になる。
かつて大学生の頃、授業をサボってクラスメートの彼女と、
学校から東へ40分程の遠い道のりを歩いて神楽坂まで赴き、
坂を少し下り始めたところにある中華屋さんで、
有名な肉まんを買って2人で食べた。
その頃の記憶から今までの間にはかなりの時間の空白があり、
神楽坂へは飯田橋側から坂を「上る」のが常になり、
坂の上の余りの変わりようになかなか像を結ぶことができないでいる。

先日久しぶりに飲みにいった坂の上の店は、
そんななかでかつての面影を残している数少ない場所。
近頃流行りの店舗形態が神楽坂の街を浸食し、
まちの多様性が失われていく今、
郷愁半分、でも半分は本気でこういった店がずっと残ってほしいと思った。

安易にひとつの方向へ流れがちな社会の行く末と同様、
均質化され、多様性を異端として排除するコミュニティは、
そこそこの心地良さを提供することはあれ、
一旦コケてしまえば総倒れ。壊滅的なダメージを受ける危険といつも隣り合わせである。
神楽坂が神楽坂であり続けるためにも、古くから頑張っている店を、私は応援したい。

posted by drag_on at 23:24| 東京 🌁| Comment(5) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月20日

川越のまちづくり#3

新しいライフスタイルは、常に外部からもたらされる。
余りにドラスティックに変化するので振り返ると
「それ以前」の生活が想像できなくなる。
コンビニが初めて家の近くに出来た頃は、
「コンビニなんて」、という拒絶反応が親のなかにはあったようだ。
朝早く、夜遅くまで(当時は24時間ではなかったから)開いてはいるが、
モノは決して安いものではないし、
品ぞろえも旧来のライフスタイルを守ろうとする人には、
少々ずれがあったかもしれない。

でも今はコンビニのない生活など考えられないし、
寧ろ夜型の私にとってコンビニ抜きの日々の生活など、
想像するほうが恐ろしかったりもする。
確かに便利な世界。
しかし消費するモノはサービスを含めて
単純化された「型」に押し込められてしまっている感はある。

生活の根幹にまでモノカルチャーが浸透し、
私たちは生活の選択の幅を縮めているようだ。
大多数の「平準化された生活」対「ニッチ」、
という危ういバランスの上に生活が成り立ち、
さらにその図式の否定であった筈のライフスタイルの見直しすら、
「スローライフ」として「売れ」るように取り込まれる。
その中でオリジナルなモノを打ち出すことが、
いかに難しいことなのかを理解するとき、
川越のまちを観る視点が変わってくる。
(つづく)
posted by drag_on at 09:10| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月16日

川越のまちづくり#2

川越に行くのは実に小学生以来のことである。
当時川越に乗り入れる私鉄沿線に住んでいた私にとっては、「学校の遠足の場所」だった。
前のエントリーのリンク先にもあるように、見所といえば神社仏閣系。
当時の自分にはそういったことにあまり興味が無くて、
五百羅漢の顔が誰かににているだとか、
そういったことに面白さを見いだすぐらいのことしかなかった。
それ以外にはまちなみがどうとか、まるで興味なしだったし、
商店街のイメージも印象に残っていない。

しかしそのころ既に、まちなみ保存を中心にしたまちづくりが動き出していた。
70年代後半は、スーパーやコンビニが家の近くに出来て、
既存の商店街に親が足を運ばなくなっていった頃。
当時の商店街は危機迫るものがあった筈だ。
そこにきて建物の改変に制限をかける取り決めは、
到底受け入れられないものであったに違いない。

つづく。
posted by drag_on at 09:13| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月09日

ブログ1周年

某所SNSでブログを始めてから丁度1年が経った。
記念すべき日にいろいろ思うことはあるが、それはそれとして。
去年の今日、最初のログに何を書いていたかというと、・・・

ホタル。
双子の娘の片割れがBeanie Babiesのホタルにゾッコンで、
1年経った今でも寝るときにはホタルのぬいぐるみを
必ず枕元において寝ている。
ホタルのぬいぐるみで何が悪い、といわれそうだが、
昔古文の時間に読んだ「虫めづる姫君」を思い出して、
さて娘の行く末はどうなることかと
思いを巡らせながら書いた記憶がある。
結局昨年はホタルを見にいけなかったので
今年は時間をつくって見に行こう。

以下本文。
---------------------------------------------------------
娘たちがホタルの顔を知りたい、と言い出しました。
実のところ、私もホタルの顔って、見たこと無いんです。

http://members.jcom.home.ne.jp/yasuko-fu/kids/index.html

にて早速質問。すぐに写真のありかを教えていただきました。
ホタルって、奥深いですね。

(2004/05/09 22:17初稿E!)
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2005年05月02日

デジカメ買ってしまった

殆ど衝動買いで購入。
初代Optio Sからのお気に入り。
コンパクトで気が向いたときにすぐに写真が撮れて、
動画の録画機能も比較的充実している。
仕事柄、仕事場で他社のデジカメを使う機会があるが、
とにかくストレスを感じずにスマートに使えるデジカメ
であることは間違いないようだ。
でも、いずれはデジカメも携帯に
取り込まれてしまうのだろう、ね。

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2005年05月01日

アウトレットモール

連休の初日は家から一番近いアウトレットモールへ。
車で30分。まずまずの距離。
日本のアウトレットモールは確か福岡の新宮が最初だと記憶している。
以来、大店法の改正など様々な情勢の変化があって、
また日本の状況にあわせた施設づくりもこなれてきたことにより、
ようやく生活の一部として受け入れられた感がある。

カテゴリーキラーなどと称されたアンカーテナントが、
今一つ求心力をえずに苦戦している一方で、
流行りのトレンドは中心性がなくて、
特徴的なストリートによる界隈性のある平面。
そして気が付けは元の入り口に戻ってくるタコ壷的迷路性。
もはや求心力のないアンカーテナントを
ストリートのエンドに持っていっても、
人がそこまで行こうという気持ちにならないのかもしれない。

少し冷静に考えてみれば、なんとなくこれって、
昔の商店街の焼き直しなんじゃないかな、
と思ったりもする。
まちなみのカキワリによるテーマ性、
そしてちょっぴりお得感を演出する商店街。
唯一の違いである地域コミュニティとの関わりについても、
カルチャースクールなどささやかに
地域と関わりを持とうとする試みが、
今後どのようになっていくか興味深い。

逆にいえば既存の商店街もこのなかに見いだすべき、
未来へのヒントがあるのかもしれない。
しかし地域との関わりを保ちながら
商圏を拡大するのは容易ではない。

ただ、一つのヒントをあげるとするなら、
子育て世代をターゲットにしたつくり込みが、
まだ余地としてあるのではないかと思う。
まだそういった視点からの正面切った試みは聞いたこともないし、
(いや、かつて渋谷でシクジッタ某百貨店があったか)
本当に子連れ家族で1日を過ごす場所としては、
まだまだ理想からほど遠い感じがするからだ。
子供がサプライズする場所。
子供のころお出かけでワクワクした気持ち。
そんな仕掛けがテーマパークのような嘘臭さではなく、
より日常に近く、地域に密着した形で展開していくことができたなら、
もう少しいい休日が過ごせるのかもしれない。

posted by drag_on at 21:06| 東京 ☁| Comment(7) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月21日

実施設計

都内の仕事がようやく実施設計に移行する。
モノスゴク乱暴な言い方をすれば、
簡単な平面図や立面、
建物を輪切りにした断面図とともに
大まかなプランニングを行い、
建物の内容を決めていくのが基本設計で、
それをより建物をつくるための言語に翻訳していくのが実施設計である。
とはいえ実施設計図だけで建物ができる訳ではなく、
現場でより詳細な納まりの視点から施工図が作成され、それらを元に現場は動く。
いくつかの段階の翻訳を経て建物ができあがる、という点で
どことなくコンピュータの世界と近いものがある。
建物のそれぞれ部分毎、たとえば窓と外壁、屋根などの相互のパーツの取り合いの調整など、
作業のプログラムに類似する点は多々ある。
予期せぬ台風や地震災害に対してのリスク回避とプログラムのバグフィックス。
どこに注力するべきかはきっと共通するものがあるはずだ。

設計作業を進めていく中で、最近気が付いたことがあって、
新人のルーキーさん程、実施設計をやりたい意欲があるらしい。
設計はどの段階も大切だし、段階毎の面白さも理解してほしいのだけど、
実施設計を手がけることによって初めて作品に関わる実感を得られると考えているようだ。
ただそういった達成感のみを追い求められても困る訳で、
プロセス全体を網羅的に捉えるセンスがないとかなりつらい。
技量もさることながら、プロセスの肝を見いだし、
起こりうる問題を予測し解決する。
そこにはよりハード寄りの知識が必要で、しかしそれらに振り回されることなく、
制約の多い中で思いを形にしていくプロセスがある。
楽しい反面、ほとんどこの段階で建物の質が決定されてしまうので、
コントロールの難しさは経験を重ねる程、実感として肩に重たくのしかかる。
そういったことを理解しながら実施設計に臨んで欲しいなと思ってしまう今日この頃。

これがちうねん親父の愚痴なんだな。きっと。

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